2024.07.04
本作では1970年の冬が緻密に再現され、この時代の映画を観ていると錯覚させるのも注目ポイントのひとつ。技術面から映画を紐解くトリビア(トリビア部分は、FILMMAKER magazine、AwardDaily、Varietyより)と合わせて、撮影風景の様子が確認できる貴重なメイキング映像も解禁!
アレクサンダー・ペインは、物語の舞台を1970年とした理由を「70年代というのは、政治や社会的な背景として興味深いものがあります。脚本を書く上でも背景としてベトナム戦争というものがあって、登場人物が徴兵されるという直接的な描写がなくても、映画が描く3人は戦争を含めてこの時代に起きていることの影響を受けるわけですから」などと語る。その上で、「1970年の映画を当時作ってるような気持ちで作ってみたら面白いものになると考えました」と明かし、徹底したこだわりが発揮されることに。撮影監督のアイジル・ブリルドは「誰かのガレージに忘れられていた空き缶の中にあった映画のように見えることを目指しました」と語り、カメラ操作、モノラルのサウンドトラック、タイトルカード、編集ツール、スタジオロゴなどに至るまで、1971年の公開映画と見分けがつかないように作られている。いくつかのポイントに分けて解説する。
■冒頭で目を引くレトロなロゴ
映画の冒頭、目を引くのはFocus FeaturesとMIRAMAXのレトロなロゴ。フォーカス・フィーチャーズの設立は2002年、ミラマックスは1979年で、1970年には存在しない両社のロゴが当時にあったとしたら……とイメージして作成されたという。手掛けたのはペイン監督と『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』まで一緒に仕事をしてきたグラフィックデザイナーのネイト・カールソン。カールソンは、アニメーション映画ロゴの変遷を調べ、MIRA MAXのロゴは青い背景と黄色い文字のループ・アニメーション・スタイルとした。ミラマックスはこのロゴデザインを気に入り、昨年日本公開されたジェイソン・ステイサム主演の『オペレーション・フォーチュン』と「The Beekeeper(原題)」などその後リリースされる作品のタイトルデザインにもこのロゴを採用することになった。両社のロゴのジングルを手掛けたのは、本作の音楽担当マーク・オートン。
なお、本作の本編のコピーライトは<© MCMLXXI All Rights Reserved>。<MCMLXXI>とはローマ数字で1971を意味し、映画のコピーライトは製作年が入ることが一般的だが、本作はコピーライトにまで遊びを取り入れている。
■映像のかすかな揺れやノイズ
デジタル撮影素材をフィルムルックに近づける工夫も様々施された。本作のカラリスト、ジョー・ゴーラーはひとつの例として「作品全体に、少しだけゲート・ウィーブ(揺れ)を加えています」と語る。フィルムで撮影された映像のわずかな揺れや波打ちを再現するために35mmフィルムのサンプルをモデルにし、その模倣を行ったという。ハレーションやフィルムグレイン(ノイズ)も35mmフィルムのアルゴリズムを再現して取り込まれている。
■監督が愛する70年代映画の手法も参考に
本作では、場面転換時にオーバーラップが多用されている。編集のケヴィン・テントは、「これは『さらば冬のかもめ』で多く使われている手法です。監督も私もこの作品が大好きで、本当に長くて美しいオーバーラップがあるんです。70年代の雰囲気を強化するためにこれを活用しました。長いオーバーラップには切なさと哀愁があり、終わったシーンの余韻を残しながらもゆっくりと新しいシーンに近づいていく。古い技法ではありますが、エレガントで詩的で心を落ち着かせますよね」と語っている。
■景色の再現
ペイン監督は、それぞれのロケ地が1970年当時どうなっていたかを再現することにもこだわった。VFXプロデューサーのマット・エイキーは「壁に現代のエアコンがあれば消して、古いものを追加しました。ハナムとアンガスがボストンに向かう高速道路のシーンでは、ボストンの街並みから新しい建物を取り除くだけでなく、あったはずのものを追加しています」と語る。具体的な方法としてアーカイブを探し、Googleアースの衛星画像を見ながら当時の様子のリサーチを行ったそう。
■雪の多くはVFX
本作ではボストン近郊の雪深い冬の光景が広がるが、この雪は実景とそうでないシーンがある。VFXスーパーバイザーのニコ・デル・ジュディチェは、「撮影本隊は可能な限り自然な形でカメラに収めようとしていたので、スタッフたちは毎日天気予報アプリを見て、雪が降るように願っていました」と振り返る。雪が降らなかった日は運んできた実際の雪を追加し、ホワイトバランスとライティングの参考にするため、白いポリスチレンシートをセットしたこともあるという。
解禁となったメイキング映像が捉えるのは、校庭から飛び立つヘリコプターをハナムとアンガスが見上げるシーンと、ふたりが病院に行くために訪れた町でのシーンの撮影風景。ふたりやスタッフの周囲にはところどころ溶けずに残った雪があるのみだが、映画では雪がびっしり積もったシーンへと変わり、こうした風景のために氷を砕いて作られた雪は総量200トンにも及ぶという。